炭鉱で働く人々の生活は、時代とともに変化を遂げてきました。当初は厳しい生活環境に置かれていましたが、ひとつの転機となったのが、1889(明治22)年に官営幌内炭鉱が北海道炭礦鉄道株式会社(北炭)に払い下げられ、民営化されたことです。

北炭による炭鉱住宅は、初期のものは簡素な造りでしたが、1937(昭和12)年の戦時体制下で石炭の需要が高まると、平家建の標準化された住宅が数多く建設されました。現代でも企業が社員向けに社宅を提供する例はありますが、北炭による炭鉱住宅の整備は、そうした福利厚生の先駆的な事例のひとつといえます。さらに、戦後の労働運動によってこうした福利厚生はさらに充実しました。映画は札幌よりも先に炭鉱まちの映画館で封切られ、白黒テレビ・冷蔵庫・洗濯機などの家電も道内でいち早く家庭に普及しました。

また、炭鉱住宅の増加とともに、そこで暮らす人々の結びつきも強まり、「友子制度」と呼ばれる独自の制度が形成されました。特に登川楓地区(夕張市)では、炭鉱開発の困難な地形的条件も影響し、この制度が昭和50年代まで続いていたとされています。

こうした炭鉱住宅の形態やコミュニティのあり方は、鉱区や地域ごとに異なり、それぞれの労働環境や風土を反映した独自の特色を持っていました。

青い屋根の平屋の住宅

朝日炭鉱住宅群(岩見沢市)は、1930年代の幌向炭鉱時代に80戸、1940年代前半の日本硝子時代に280戸が建設されました。1957(昭和32)年には全戸の柾葺屋根がトタン葺屋根へと改修され、1970(昭和45)〜1971(昭和46)年度には大規模な住宅改修が行われて内便所方式に変更されました。

墓

友子の墓(三笠市)。弥生墓地は、明治中期に幾春別墓地として開設され、周辺の北炭幾春別炭鉱や住友奔別炭鉱で働く人々を含む、地域住民の集合墓地となっていました。この墓地には多くの友子の墓が残されており、時代とともに変化する友子の仏参の意識の変化を知ることができます。

関係する構成文化財/関連文化財

No.市町村文化財名
52夕張市採炭救国坑夫の像
53夕張市末広墓地石碑群
54夕張市日本キリスト教会夕張伝道所
28室蘭市旧北炭役宅
32室蘭市室蘭市立絵鞆小学校円形校舎
55夕張市福住人車軌道敷
56夕張市旧北炭鹿ノ谷倶楽部(夕張鹿鳴館)
57夕張市清水沢宮前町・清栄町住宅
58夕張市北炭夕張新炭鉱清陵町住宅
59夕張市本町商店街
62夕張市幸福の黄色いハンカチ想い出ひろば
87岩見沢市朝日炭鉱住宅群
90岩見沢市北星炭鉱住宅群
98岩見沢市一の沢水源地
100美唄市人民裁判の絵
105美唄市沼東中学校屋内体育館
106美唄市沼東小学校
108美唄市我路郵便局(旧美唄炭山郵便局)
109美唄市元衆議院副議長岡田春夫の生家
110美唄市炭鉱住宅(落合地区)
111美唄市旧栄小学校(安田侃彫刻美術館アルテピアッツァ美唄)
112美唄市落合会館
120美唄市山神社の碑
121美唄市三井美唄炭鉱の祭神祠
122美唄市三井美唄炭鉱鉱員住宅群
123美唄市三井美唄互楽館
124美唄市三井美唄消防署
125美唄市三井美唄炭鉱所長住宅
133芦別市新坑夫の像
134芦別市旧頼城小学校(星槎大学)校舎及び体育館
136芦別市高根炭鉱殉職者慰霊碑
137芦別市殉職者之碑、油谷晨介之碑、胸像台座
146江別市輪環窯時代のれんが工場の人々
156赤平市茂尻炭鉱炭鉱住宅
161三笠市北炭幌内鉱業所長宅
170三笠市招魂碑、哀悼之碑
178三笠市殉職者之霊碑
186三笠市住友弥生炭鉱住宅
187三笠市三笠市民会館緞帳
189三笠市三笠市役所庁舎
190三笠市友子の墓(弥生墓地)
191歌志内市旧空知炭鉱倶楽部(こもれびの杜記念館)
192歌志内市∧カ大正館
199歌志内市中村八幡神社
200歌志内市旧上歌会館(悲別ロマン座)
203上砂川町上砂川炭山郵便局
206栗山町栗山町立日出小学校(日出クラシックパーク)
209栗山町小林酒造建造物群・北の錦記念館
213月形町北漸寺
215月形町円福寺
217月形町篠津山囚人墓地
225沼田町隧道マーケット
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