小樽の鉄道(1)

概要

旧国鉄手宮線(南小樽-手宮)は、官営幌内鉄道の一部。官営幌内鉄道は、明治13年(1880年)1月、小樽の第3若竹トンネルから着工。アメリカから招かれたクロフォードが技師長のチームは、驚異的な速さで工事を進め、同年11月に札幌まで部分開通した。幌内までの全線開通は明治15年(1882年)。着工に先立ち、手宮には鉄道施設が設けられ、その後、鉄道輸送を支える拠点として大きな役割を果たした。

自治体 小樽市
種別 港湾 鉄道 その他
メディア 写真
分野 産業 労働 暮らし・行事 その他
年代 大正以前(~1911) 大正(1912~1925)
説明 官営幌内鉄道着工に先立って行われた札樽間の車馬道建設時の写真。中央の白い帽子がクロフォード。札樽間は明治初めに造られた貧弱な道路だけで、車馬道はその上に鉄道を建設する前提で整備された。
資料番号 01_n_004_0001
撮影年 明治
所蔵 小樽市総合博物館
説明 官営幌内鉄道用の資材を積んで手宮桟橋に接岸したアメリカの貨物船ジェラルド・C・トベイ号。
資料番号 01_n_004_0002
撮影年 明治13年(1880年)
所蔵 北大附属図書館
説明 明治13年(1880年)、アメリカから最初に輸入された2両の蒸気機関車のうち、「1」の番号が与えられた機関車・義経号。名付け親は、当時ニューヨークに駐在していた領事、高木三郎と言われている。
資料番号 01_n_004_0004
撮影年 明治13年(1880年)
所蔵 北大附属図書館
説明 義経号と同時に輸入された2号機関車・弁慶号。19世紀アメリカの蒸気機関車に多い前面下部のカウキャッチャー(牛よけ)や、いわゆるダイヤモンド型の煙突は、薪併用型蒸気機関車の特徴。
資料番号 01_n_004_0005
撮影年 明治13年(1880年)
所蔵 北大附属図書館
説明 組み立てを終え、車庫を出てきた弁慶号。弁慶号と義経号は同型で、炭水車は石炭1.5トン、水450ガロンを積載、総重量は26.1トン。写真の木造車庫と転車台は、現存の転車台より北東側に造られていた。
資料番号 01_n_004_0006
撮影年 明治13年(1880年)
所蔵 北大附属図書館
説明 日の丸と星条旗を掲げた、入船陸橋上の弁慶号。明治13年(1880年)10月24日の試運転の模様。これより前に、水天宮付近までの試運転を行っており、さらにそれ以前に構内でテスト走行をしている。        
資料番号 01_n_004_0007
撮影年 明治13年(1880年)
所蔵 北大附属図書館
説明 弁慶号の前のクロフォードら鉄道関係者。明治13年(1880年)10月の官営幌内鉄道試運転の際に撮影された写真と言われている。
資料番号 01_n_004_0009
撮影年 明治13年(1880年)
所蔵 北大附属図書館
説明 官営幌内鉄道建設で、最初に着工した第3若竹トンネル。その奥に熊碓トンネル。左側には車馬道時代のトンネル。部分開通時、鉄道に転用されたが、急カーブのため2度にわたり付け替えられた。
資料番号 01_n_004_0010
撮影年 明治15年(1882年)以後
所蔵 北大附属図書館
説明 官営幌内鉄道開業当時の手宮工場。
資料番号 01_n_004_0011
撮影年 明治13年(1880年)
所蔵 北大附属図書館
説明 官営幌内鉄道で使われた最上級の客車・開拓使号。他の車両と同様アメリカから輸入。車体上部には英字で「PORONAI RAILWAY OF HOKKAIDO」と刻まれている。鉄道博物館(さいたま市)で保存されている。
資料番号 01_n_004_0012
撮影年 明治14年(1881年)
所蔵 北大附属図書館
説明 開拓使号の内部。明治14年(1881年)8月、明治天皇が北海道行幸の際に乗車された。開拓使号を含む9両の客車は、義経号がけん引した。
資料番号 01_n_004_0013
撮影年 明治14年(1881年)
所蔵 北大附属図書館
説明 張碓カムイコタンを走る機関車。カムイコタンは難所となっていたが、車馬道建設により問題が解消。それにより、小樽までの鉄道延伸が現実的な提案として受け入れられた。
資料番号 01_n_004_0014
撮影年 明治14年(1881年)ころ
所蔵 小樽市総合博物館
説明 アメリカから輸入した6号機関車・しづか号が入船陸橋を渡る。初代陸橋は木製で、劣化対策のため運行しながら随時橋脚工事を行っていた。写真の陸橋は2代目で、橋脚がレンガ積みに変わっている。   
資料番号 01_n_004_0015
撮影年 明治18年(1885年)以降
所蔵 小樽市総合博物館
説明 手宮駅構内。左側に見える足場のみの建物は、国指定重要文化財・旧手宮鉄道施設の機関車庫3号である。竣工は明治18年(1885年)で、現存する機関車庫としては国内最古。
資料番号 01_n_004_0016
撮影年 不明
所蔵 北大附属図書館
説明 手宮駅構内。画面右下に見えるのは、わが国初の除雪車両である「雪払車」。木製。雪をはねのけるとがった部分には鉄板が張られていた。車体の前後は同じ形で、この部分は上下に動かすこともできた。
資料番号 01_n_004_0017
撮影年 明治15年(1882年)
所蔵 北大附属図書館
説明 弁慶号が車庫から雪払車を引き出しているところと思われる。車内には10人余りが乗り込むことができた。車体中央上部にはガラス窓があり、外の状況を視認できた。小樽市総合博物館に原寸大の復元模型がある。
資料番号 01_n_004_0018
撮影年 明治15年(1882年)
所蔵 北大附属図書館
説明 3号機関車庫前の大勝号。義経号などを参考にして、明治28年(1895年)に北海道炭礦鉄道手宮工場で製造された国産第2号の機関車。日清戦争勝利にちなみ「大勝号」と命名された。現存する国産機関車としては最古。
資料番号 01_n_004_0021
撮影年 明治
所蔵 小樽市総合博物館
説明 手前には小樽中央(現在のJR小樽駅)停車場が見えているが、札幌方面の路盤は着手前。北海道鉄道開通により、市街地の西端はこの路線までのびた。停車場造成にあたっては直行寺、正法寺などの寺院が移転している。
資料番号 01_n_004_0022
撮影年 明治37年(1904年)
所蔵 小樽市総合博物館
説明 明治36年(1903年)6月に開業した北海道鉄道小樽中央駅。現在のJR小樽駅の初代駅舎。開業時は小樽中央から山道(現在の仁木町にあった駅)間の部分営業。国有化後の初代駅長は石川啄木の義兄・山本千三郎。
資料番号 01_n_004_0023
撮影年 明治
所蔵 小樽市総合博物館
説明 大量の貨物が集積する駅構内。明治36年(1903年)6月に小樽中央駅として開業して以降、名称は、高島駅、中央小樽駅と変わり、大正9年(1920年)に小樽駅となった。
資料番号 01_n_004_0024
撮影年 明治大正
所蔵 小樽市総合博物館
説明 現在の南小樽駅は、官営幌内鉄道の手宮・札幌間開通に伴い、開運町駅として開業。明治33年(1900年)から大正9年(1920年)までの名称は小樽駅だった。この写真は小樽駅時代に撮影されたものと思われる。
資料番号 01_n_004_0025
撮影年 明治大正
所蔵 小樽市総合博物館