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概要
小樽港の取扱量増加から、荷役作業や保管業務効率化のため、埋め立て工事(人工島の造設)が行われた。元の岸壁と埋立地の間には、はしけ運航用の海水面が残され、これが小樽運河となる。大正12年(1923年)完成。戦後、小樽港にも埠頭が造られ運河は使命を終えた。その後、十数年の論争の末、運河の一部を埋め立てて道路とし、散策路を整備。観光名所として生まれ変わった。写真は北海製罐第3倉庫と北浜町の倉庫群。
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概要
江戸時代、松前藩は「場所」という交易地を定め、アイヌの人々との交易権を藩士に認めて藩の経営を支えた。明治になると独占的なニシン漁から、資金があれば個人で定置網を経営できた。最盛期の漁獲高は明治30年代の全道90万トンで、主にニシン粕に加工された。綿花、藍などの肥料に適していたため、西日本各地に出荷された。明治後期には、桑栽培の肥料として東日本にも出荷され、道内経済の柱となっていた。
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概要
明治以降、小樽の街は港や鉄道の整備により、急激に膨張していく。全国各地から新天地での成功を夢見た人々が、それぞれの出身地の風俗、習慣、信仰を携えて集まってきた。明治30年代以降は、日本有数の商業港となり、舶来品を含め、流行の発信基地となっていた。娯楽の面でも、劇場が多く建設され、中でも活動写真は大人気となり、最盛期には23館を数えた。写真は、最上地区での天然氷切り出しの様子。
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